世界の紅茶と文化

中国で生まれた茶がヨーロッパに伝わり、その後イギリスから紅茶として日本に渡り100年以上が経ちました
紀元前
紀元前2737年頃 中国・神農皇帝(伝説上の神様)により、茶葉の利用が発見されていたという伝説あり。
紀元前59年 中国で書かれた『僮約(奴隷との契約文)』に茶の記録が初めて登場。
1600年代
1609年 オランダ、九州の平戸に商館を開き、翌年、マカオから中国茶、平戸から日本茶を本国へ送る。
1610年 ヨーロッパに初めて「日本茶」が上陸、オランダ東インド会社の船が、長崎・平戸から持ち帰った。
1662年 ポルトガルのブラガンサ家のキャサリンがイギリス国王チャールズ2世と結婚。持参金としてブラジル産の砂糖や中国陶磁器と茶などを持ち込んだことで、イギリスの宮廷に喫茶の風習がはじまった。
1689年 イギリスが中国・広東省のアモイで茶の取引を開始。
300年代
589年 中国・隋王朝の代に貴族階級の間に茶が社会的飲料として普及。
760年 中国・唐王朝の代に、茶に関する世界最初の専門書『茶経』が著される。
815年 『日本後紀』に日本初の喫茶の記録。
1191年 栄西禅師が日本最初の茶書を著し、源実朝に献上。
1559年 イタリア人、G・ラムージオが中国で喫茶の情報を初めて欧州に紹介。
1700年代
1721年 イギリス東インド会社が中国から茶の輸入を独占。
1773年 イギリス議会が茶条例を制定。不公平な条例に反発した市民らがイギリス東インド会社の茶船を急襲し、茶箱を海に投げるなどした(ボストン茶会事件)。
1800年代
1840年 茶とアヘンの取引を背景に、清王朝とイギリスの間でアヘン戦争勃発。またこの頃、第7代ベッドフォード公爵夫人アンナ・マリアによって、イギリスでアフタヌーンティーの習慣がはじまる。
1842年 アヘン戦争の末、清朝はイギリスに降伏。「南京条約」により、イギリスは香港を得る。
1842年
1890年 トーマス・リプトンがセイロン島で大規模茶園経営を開始。
1833年 イギリスが中国茶の独占を廃止し、自由競争に。
1839年 イギリスがアッサムカンパニーを設立し、アッサム地方の開拓が本格的に。
1839年
1850年 トーマス・リプトン、スコットランド・グラスゴーに生まれる。

アメリカのオリエンタル号が中国・ロンドン間を約100日という記録で中国茶を運ぶ。新茶をいち早くロンドンへ運んだ船に賞金が出されるティークリッパー・レースの時代のはじまり。
1871年 「リプトン・マーケット」第一号店がグラスゴーにオープン。
1895年 リプトン紅茶がイギリス王室御用達となる。
1900年代
1904年 「セントルイス万国博」でアイスティーが誕生。
1930年 日本初のティーハウス「リプトン」が京都にオープン。
1961年 ティーバック自動包装機械の導入により、日本でティーバックの製造が開始される。
1971年 日本で外国産紅茶の輸入が自由化される。
1906年 日本初の外国産ブランド紅茶として、イギリスからリプトン紅茶が輸入される。
1906年
2000年代
2006年 日本にリプトン紅茶が来航して100周年を迎える。
2014年 リプトンのプレミアムブランド「サー・トーマス・リプトン」が一般向けに販売開始。
2015年 <125周年>「サー・トーマス・リプトン ティーハウス」が銀座にリニューアルオープン。
2000年代